李白が訪れた!中国三大地域文化の一つを育んだ徽州古城―中国十大古城

中国十大古城、第6回目は安徽省黄山市歙県にある徽州古城(歙县古城)です。徽州古城は秦代に今の原型が形成されたといわれています。5A観光区でもあり、中国有数の古城です。

中国三大地域文化の一つ

徽州古城は1986年に中国の歴史文化名城に登録された、中国三大地域文化の一つである徽文化の発祥地です。東漢・西晋・唐代末・北宋の4つ時期に、大きな影響力をもつ流派や豪族らが南下し、多くの先進的な技術と文化を持ち込んだとされています。この4つの時期の文化流入を吸収し発展したのが徽文化と言われています。徽文化は明・清代に絶頂期を迎えました。1980年代には、徽州の歴史文化を研究することを主な目的とした徽州学(徽学)が広く知られるようになり、敦煌学、チベット学と並び中国三大地域学とも呼ばれています。

徽州古城1

無形文化財の「徽州民歌」

民族文化では、中国の無形文化財に登録されている「徽州民歌」も有名です。徽州民歌はかつての徽州地区(現在の安徽省黄山市・宣城市、江西省上饒市一帯)に古くから伝わる漢族の民間芸術の一種です。多くが、出稼ぎの夫を心配する妻の心情が表現されたもので、方言の口語が使われており、一部には該当する漢字がないような言葉も使われているそうです。

徽州古城2

詩人・李白がお酒を飲んだ場所も

観光地としても人気な徽州古城には、歴史的な建造物が数多くあります。「東方の凱旋門」と呼ばれている、「許国石坊」は500年近い歴史を持ち、明、清時代に建てられた斗山街は、徽州商人らが居住していた場所で、汪氏・楊氏・許氏・王氏の4氏が名家として知られています。さらに、唐代の詩人・李白を記念して建てられた「太白楼」も有名です。李白が歙県の隠士・許宣平を尋ねた際、会うことができず酒を飲んだ場所に建てられたのが太白楼と言われており、明・清代に再建されました。李白の字は「太白」で、太白楼の名前の由来と思われます。このほか、中国の「全国重点文物保護単位」に指定されている、1400年の歴史を持つかつての港「漁梁古壩」も人気スポットです。

徽州古城3

李白が訪ねるほどの人物を輩出し、無形文化財に指定された民謡が伝わるなど、芸術文化の色が濃い徽州古城。徽州商人の台頭により、安徽省の芸術のみならず、食文化も中国全土に知れ渡りました。まさに、見て良し食べて良しの街です。

           

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コメント

  1. 匿名 より:

    ほんとに綺麗ですね

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