諸葛亮が住んだ、三国文化の郷・襄陽古城―中国十大古城

中国十大古城、第5回目は湖北省襄陽市にある襄陽古城です。市内を長江の支流である漢江が流れており、三国志と深いつながりがある場所です。古戦場の地として知られ、数多くの歴史的な建造物を目にすることができます。愛知県犬山市の友好都市でもあります。中国の歴史文化名城に指定されています。

鉄づくりの襄陽、かつては大都会だった

長江の主要な支流の1つである漢水においても襄陽市は非常に重要な都市でした。漢水文化を代表する場所といっても過言ではありません。襄陽市はかつての中国の大都会だったといわれており、唐代には全国で4番目に多い人口を抱えていました。建造物は自然の地形を利用して建てられてものも多く、襄陽古城の城壁は「鉄作りの襄陽」と言われたほどに強固な城壁として知られていました。城壁は漢代に築かれ、宋代に改築された長い歴史を誇りますが、1993年以降何度も倒壊しています。

築2000年の城壁が倒壊―湖北省襄陽市

襄陽古城2

宋代の墳墓からダクト!?

長い歴史を持つ場所とあって、発掘調査により当時の様々なものが見つかることも珍しくありません。2012年には襄陽市に所属する考古学チームが建設現場で宋代の墳墓を発掘調査し、換気設備のダクトらしきものを発見しました。ダクトは棺室に設置されており目的について研究が進められています。当時の風俗や建築技術を理解するうえで需要な手掛かりになるとして話題になりました。

宋代のお墓、すでに換気設備を備えていた?考古チームが発見―湖北省襄陽市

襄陽古城3

諸葛亮が住んだ、中国三国文化の郷

襄陽市は、三国志の諸葛亮が住んでいた場所とされており、劉備の三顧の礼も襄陽が舞台です。諸葛亮のほか、司馬徽や徐庶など著名な戦略家、儒者の宋忠、文学者の王粲、能書家の梁鵠など傑出した人物が集まったことから、学術の中心地だったといわれています。襄陽市を舞台とした三国志のエピソードは多くあり、同市は「中国三国文化の郷」とも呼ばれています。

襄陽の歴史文化

襄陽古城4

文化が紡がれ、激しい戦いが繰り広げられた襄陽古城。諸葛亮が劉備に天下三分の計を説いた舞台ともいわれており、三国志の息吹を感じることができるのも魅力的な点ではないでしょうか。

           

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