皇帝のために!住民のために!様々な歴史持つ中国の十大古橋

人々の生活を便利にしたり、経済発展に貢献したりと、現代社会になくてはならない存在の橋。中国には今でも現役で使われているものや、観光名所となり多くの人を惹きつけるものまでさまざまです。今回は中国にある多くの橋から、「中国十大古橋」と題し、悠久の歴史を持つ橋10カ所をご紹介します。

中国最古の十字橋、まるで鳥が飛び立つ様の国宝・魚沼飛梁

山西省太原市にある十字橋(魚沼飛梁)は太原市の有名な古刹・晋祠の中にあります。十字橋は別名「魚沼飛梁」と呼ばれています。その昔、人々は丸い水たまりを「池」、方形の水たまりを「沼」と呼んでいました。魚沼飛梁は四角く魚が多くいたことから「魚沼」、高所から見ると十字橋が今にも飛び立つ鳥のように見えたことから「飛梁」とされ、魚沼飛梁と名づけられました。魚沼飛梁は晋祠の聖母殿、献殿とともに国宝に相当する中国の国家一級文物に指定されています。魚沼飛梁は中国最古の十字橋と言われており、極めて珍しい橋として有名です。魚沼飛梁が作られたのは約1000年前の北宋の時代ですが、腐食が進み、1953年に大規模な修理が行われ今に至ります。

中国最古の十字橋、奇抜なデザインの国宝・魚沼飛梁―中国十大古橋

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日本人にも人気の世界遺産内にある玉帯橋

中国で玉帯橋と呼ばれている建築物は複数ありますが、北京の世界遺産・頤和園の昆明湖にたたずんでいる玉帯橋が一番有名です。頤和園は中国のポータルサイト・今日頭条が2016年に報道した、「日本人が選んだ中国の10大観光地」の一つにも選ばれた場所です。名前の由来は、「玉帯」と呼ばれる古代のベルトに似ていることから「玉帯橋」と名づけられました。盛り上がった形がラクダのこぶに似ていることから、「ラクダのこぶ橋」とも呼ばれています。アーチ構造の玉帯橋は清代の乾隆帝(1736-1795)の時代に作られたもので、1875~1908年に渡り改修されました。乾隆帝が頤和園の西5~6キロメートルほどの場所にある玉泉山に船で向かう際に良く通っていたのが玉帯橋と言われています。乾隆帝お気に入りの橋です。

世界遺産内にある、乾隆帝が愛した玉帯橋―中国十大古橋

玉帯橋2

玉帯橋4

アイデアは夢のお告げ?皇帝のために作った、音が出る五音橋

河北省遵化市にある五音橋は遵化市の清朝の歴代皇帝や皇后の陵墓群である清東陵(しんとうりょう)のうち、清朝の第3代皇帝である順治帝の孝陵に続く道の途中に設置されています。清東陵は河北省が、中国の皇族文化の特色を感じられる景勝区として紹介した歴史的に価値が高い場所です。清東陵内にある100基近くある石橋の中で最大にして、最も神秘的で変わった橋です。五音橋の全長は約110メートルで、幅は約9メートルです。欄干の部分には126枚の石材が埋め込まれており、叩くとさまざまな音を奏でます。中国の古代音階の「五音」が出ることから「五音橋」の名前が付けられました。五音橋で使われている石材は鉄も多く含まれていることから、叩くと音が出るそうです。

皇帝のために作った、音が出る神秘的な五音橋―中国十大古橋

五音橋1

不便解消のために作られた、革命史跡である瀘定橋

四川省カンゼ・チベット族自治州瀘定県にある瀘定橋は大渡河を渡るために設置された吊り橋で、1706年に作られました。大渡河は流れが急で水量も多かったため、渡るのがとても困難でした。不便を解消するために、清代の第4代皇帝・康熙帝の時代に建設が進められました。瀘定橋は1935年に中国人民解放軍の前身に当たる紅軍と国民党軍が戦闘した場所としても知られています。長征途上の紅軍が強行突破に成功したこともあり、現在では革命史跡として保存されています。「瀘定橋」という名称は康熙帝が付けたといわれています。大渡河はかつて「沫水」と呼ばれていましたが、康熙帝は「瀘水」と勘違いし、当時の戦を「平定」するという思いが込められ、「瀘定橋」と名付けられたそうです。

300年前の吊り橋、革命史跡である瀘定橋―中国十大古橋

瀘定橋3

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釘は一切使われていない、トン族の代表作である程陽風雨橋

広西チワン族自治区柳州市三江トン族自治県にある程陽風雨橋は、中国の少数民族・トン族の文化を代表する建物の一つで、雨風を防げることから「風雨橋」と呼ばれる屋根付きの橋の中でも最も保存状態が良く規模が大きいです。程陽という集落にある風雨橋ということから、「程陽風雨橋」と呼ばれていますが、正式名称は「永済橋」です。程陽風雨橋は1912年に建造されました。程陽風雨橋は木造の橋で、釘が一切使われていないことでも有名です。風雨橋に屋根がある理由は、雨の多い地域に建てられたことに起因しています。木造の橋は雨に長い間さらされると腐りやすくなりますが、屋根を付けることでその状況を大きく改善しました。さらに、夏になると避暑の場所となり、住民らの憩いの場としても活躍しました。

絶好のデートスポット!愛の伝説が残る程陽風雨橋―中国十大古橋

程陽風雨橋001

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14年かけ建造、800年に渡り中国最長だった安平橋

福建省泉州市にある安平橋は1138年から建造が始まり、約14年かけ完成しました。長い時間かけて建造したこともあり、2キロメートルを超える長さとなりました。中国の1里は約500メートルなので、約5里あることから安平橋は別名「五里橋」とも呼ばれています。1905年に黄河大橋が完成するまでの約800年の間、中国最長の橋でした。明代や清代など過去に何度も修復され今に至っています。900年近い歴史を持つ安平橋。橋の一方がある安海鎮がかつて安平道と呼ばれていたために安平橋の名前が付いたといわれています。中国や台湾で英雄と尊敬されている、鄭成功も泉州市の生まれです。

900年前に作られた、元中国最長の安平橋―中国十大古橋

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中国最古!天災と戦乱に耐えた趙州橋

河北省石家庄市趙県にある趙州橋(安済橋)は595~605年にかけて建造された石造りのアーチ橋で、現存する中国最古の石橋です。趙州橋がある趙県はその昔交通の要所でしたが、幅約50メートルの川が交通を不便にしていました。住民のみならず商人も多くが利用すると予想されたため、橋は高低差が低い平坦なアーチ橋となりました。その後橋面や欄干など改修が行われましたが、主要な骨組みは建造当時のままだといいます。1980年代半ばまで、トラックやバスといった大型車両も趙州橋を利用していたそうです。趙州橋の両端には、アーチ状の穴がそれぞれ2個あります。穴は、水かさが増した際に穴から水が通れるように設計して作られたもので、こうすることにより洪水時の本体へのダメージが軽減でき、橋全体の重量を減らす事にも成功しました。

天災と戦乱を耐え抜いた、中国最古の石橋・趙州橋―中国十大古橋

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中国で最も美しい!乾隆帝が愛した五亭橋

江蘇省揚州市にある五亭橋(蓮花橋)は、同市の景勝地である痩西湖の園内にあります。揚州市を代表する観光名所である痩西湖、その痩西湖のランドマーク的な存在が五亭橋です。亭(あずまや=庭園などに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋)が5つある橋ですので、五亭橋と呼ばれています。五亭橋の土台は石造りで、亭は木造です。中国ではその美しい造りから、「中国で最も美しい橋」とも呼ばれています。五亭橋は、清代の皇帝・乾隆帝の視察に合わせて建てられたもので、1757年に建造されました。五亭橋の土台は12本の大きな石材で作られており、非常にしっかりした造りになっています。頑丈な土台と優美な亭はアンバランスな組み合わせですが、橋の土台に空けられた大小の穴が土台に曲線を生み出し、調和のとれたデザインに仕上がっています。

優美で芸術的、乾隆帝が愛した五亭橋―中国十大古橋

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鉄の牛で安全祈願、世界で最初に作られた開閉式の浮橋・広済橋

広東省潮州市にある広済橋(湘子橋)は韓江にかかる橋で、1171年に建造されました。当時は船を浮かした浮橋で、現在の姿になったのは1513年ごろだといわれています。橋の中央は18隻の浮船をつなぎ合わせた形の浮橋となっており、開閉式になっています。河北省の趙州橋、福建省の洛陽橋、北京の盧溝橋とともに「中国四大古橋」と呼ばれています。橋の中央が開閉式になっているのは、韓江を往来する船を通すためと、流れが激しい韓江から橋げたを守る狙いがあります。中国の著名な橋専門家である茅以昇氏はかつて、「世界で最初に作られた開閉式の橋」と評価しました。橋の土台は何度も修復されてきましたが、最初の規格に合わせた修復ではないケースも多かったため、高さはまちまちです。ただ、上流側の土台はいずれもとがった形をしている点は共通しています。これは水の流れを受け流し土台へのダメージを減らすためです。

世界で最初に作られた開閉式の浮橋・広済橋―中国十大古橋

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獅子像の博物館!世界で唯一無二の美しさを持つ盧溝橋

北京市豊台区にある盧溝橋は、盧溝河(現在の名前は永定河)に跨っていることからその名が付きました。盧溝橋は1189年に建造が始まり、1192年に完成しました。北京にある最も古い石造りのアーチ橋です。11のアーチを持ち、両脇の欄干には形がすべて異なる石獅子が501基鎮座しています。マルコポーロが「東方見聞録」の中で、盧溝橋を「世界で唯一無二の美しさ」と絶賛したことでも有名です。盧溝橋には形が異なる獅子像が多くあることから、「獅子像の博物館」とも呼ばれています。盧溝橋の名称を「盧溝橋事件」で聞いたことがある人も多いかと思います。盧溝橋周辺には関連の遺跡が数多くあります。旧日本軍が建造したトーチカ(鉄筋コンクリート製の防御陣地)が多くありましたが、浮浪者が住み着いたこともあり、1950年代にほとんどが取り壊されました。

日中が激闘した、世界で唯一無二の美しさを持つ盧溝橋―中国十大古橋

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人々の役に立ち利便性を向上させた実用的な橋から、皇帝のために作られた芸術性の高い橋まで多種多様です。時代背景や周辺環境の違いにより橋の構造もさまざまですが、どれも長い間人々の営みを見守ってきた悠久の歴史を持つ橋です。

           

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