天災と戦乱を耐え抜いた、中国最古の石橋・趙州橋―中国十大古橋

中国の十大古橋、第7回目は河北省石家庄市趙県にある趙州橋(安済橋)です。趙州橋は595~605年にかけて建造された石造りのアーチ橋で、現存する中国最古の石橋です。幅は約9メートルで全長は約50メートルです。同地域を流れる洨河に架かっています。

天災や戦乱にも負けなかった

趙州橋がある趙県はその昔交通の要所でしたが、幅約50メートルの川が交通を不便にしていました。住民のみならず商人も多くが利用すると予想されたため、橋は高低差が低い平坦なアーチ橋となりました。その後橋面や欄干など改修が行われましたが、主要な骨組みは建造当時のままだといいます。1400年以上存在しているため、洪水や地震といった天災から戦乱など、数々の危機に見舞われましたが、趙州橋は今も力強くたたずんでいます。1980年代半ばまで、トラックやバスといった大型車両も趙州橋を利用していたそうですので、趙州橋が如何に丈夫なのかが良くわかります。現在は保護が指定されているので、車両の通行は禁止されています。

趙州橋2

洪水に強いデザイン!

趙州橋の両端には、アーチ状の穴がそれぞれ2個あります。穴は、水かさが増した際に穴から水が通れるように設計して作られたもので、こうすることにより洪水時の本体へのダメージが軽減でき、橋全体の重量を減らす事にも成功しました。実に優れた設計と言えます。趙州橋がある趙県も悠久の歴史を持つ町で、西遊記に登場する玄奘三蔵がインドに赴く前に学んだとされる柏林禅寺がある町としても知られています。2007年には全長約25メートルの「中国最大の大仏画」が柏林禅寺に登場し、話題になりました。

全長25.5メートル! 「中国最大の大仏画」公開―河北省趙県・柏林褝寺

趙州橋3

趙州橋には春秋時代(紀元前770年~紀元前403年)に活躍した天才的大工・魯班にまつわる伝説も残っています。

伝説によると、西王母(中国で古くから信仰されてきた女神)は牽牛(ひこぼし)と織女(おりひめ)を引き離すために洨河を自分のかんざしで掘り、これにより夏と秋の雨季に洨河が激流になった。住民は渡し船で往来していましたが、不便で非常に危険だったことを知った魯班が橋を架けることにしました。その日の夜、魯班は神通力を用いて太行山の青石を羊に変え、羊の群れを洨河まで連れて行き、再び青石に戻しました。そして、魯班は青石を使って一夜の内に頑丈な「趙州橋」を造り上げたそうです。

これはあくまで伝説ですので実際の建造とは関係ありませんが、趙州橋が頑丈と言うのは同じです。1400年もの間、さまざまなピンチに遭遇しても倒れることがなかった趙州橋。さらには、建造当初想定していなかった1980年代の大型車両の使用にも耐えた趙州橋は、実に偉大な存在です。

           

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コメント

  1. 匿名 より:

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