中国最古の王朝の遺跡・殷墟―中国世界遺産

中国の世界遺産、34回目は2006年に登録された文化遺産、「殷墟」です。河南省安陽市小屯村にある、殷王朝後期の首都の遺跡です。

漢字の祖・甲骨文字の出土で発見される

「殷」は紀元前17世紀頃~紀元前1046年まで存在した王朝で、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝です。殷墟の発見は、1899年の偶然の出来事に端を発します。清朝の金石学(碑文研究の一種)の学者である王懿栄が薬屋で竜骨(獣の骨や亀の甲羅、中医薬の一種)を買ったところ、食客で考古学者の劉鶚が骨に刻まれていた文字に注目しました。この文字こそ漢字の元となった甲骨文字で、その後、殷王朝の占い師が王家のために占った卜辞(ぼくじ=占いの文章)であることがわかりました。甲骨文字は主に支配者が祭祀、争いなど重要な事柄を神に問うための占いに使われていたもので、甲骨文字が使われていた年代は殷朝後半期(紀元前1300年頃~1000年頃)と言われています。

甲骨文字と殷墟についてはこちら

殷墟2

殷墟3

実在が証明された中国最古の王朝

殷墟に関する本格的な調査は1928年に開始し、8年間にわたり国立中央研究院歴史語言研究所の学者が発掘調査を行いました。第2次世界大戦で発掘が一時中断しましたが、中華人民共和国の成立後に調査が再開され、それまで謎に包まれていた殷朝に関する研究が進み、竜骨が見つかった小屯村が殷朝後期の都であったこと、そして殷朝が実在する王朝であると証明されました。殷墟から出土した甲骨文字は約4500個で、約1500個の文字が解明され、現在も残りの文字の解明が進められています。

殷墟4

殷墟5

3000年前の宮殿跡も見つかる

殷墟は、殷後期に都が置かれた小屯村を中心とする後崗村、大司空村、武官村、侯家荘一帯を指します。洹水という川をはさんで両岸に広がる東西6キロメートル、南北4キロメートルの都市であり、宮殿を含む古代都市の遺構のほか、その周辺から多数の巨大墳墓も見つかっています。侯家荘や武官村では1辺20メートル以上の大型の墓が見つかっており、多数の殉葬者、青銅器など副葬品の豊富さから殷王の墓と推定されました。2008年には、殷朝中期の都市遺跡・洹北商城の南で約3000年前の宮殿と城壁の跡が発見されたと明かされました。この宮殿では当時の支配者が執務を行い、祖先を祭っていたそうです。

<世界遺産>殷墟から3000年前の宮殿と城壁―河南省安陽市

殷墟6

殷墟7

3000年以上も前の王朝が偶然の発見でその実在が証明されるなんて、なんともドラマチックです。中国の史書では殷の前に「夏」という王朝があり、これが中国最古の王朝だとしていますが、まだその実在は証明されていません。ただ、かつての殷も謎に包まれた存在でしたので、研究が進めば「夏」の実在が証明されるかもしれません。

           

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コメント

  1. 匿名 より:

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