日本人も建設に携わった、マカオ歴史地区―中国世界遺産

中国の世界遺産、32回目は2005年に登録された文化遺産、「マカオ歴史地区」です。中国の特別行政区であるマカオにある、古跡を含む地区です。マカオはかつてポルトガルの植民地であったため、東西文化が共存しています。

品川区より少し広め

マカオは中国広東省と陸続きの半島部と、その南のタイパ島、コロアン島および埋め立て地域のコタイから成り、面積は東京・品川区より少し広めで起伏の多い地形です。人口のうち95%を中国人が占め、宗教は、仏教、キリスト教のカトリック、プロテスタントなどです。マカオはポルトガル人が日本と銀の貿易を行うための拠点として使用した場所です。さらに、キリスト宣教師のアジアでの布教活動もマカオが中心となり、迫害を受けた日本のキリシタンがマカオに逃れ教会や青銅の建築に携わったといわれています。

西洋と東洋の融合都市=マカオ

マカオ2

マカオ3

東洋のラスベガスと呼ばれる

マカオは1999年にポルトガルから中国に返還され、中国の特別行政区として新たなスタートを切りました。マカオは「東洋のラスベガス」とも呼ばれるように、カジノ産業が発展しており、2006年には世界最大のカジノ都市となりました。マカオ歴史地区は、22の建造物と8カ所の広場を含む地区一帯を指します。マカオで最も有名な歴史的建築物の一つである「聖ポール天主堂跡」、マカオ在住のポルトガル系住民によって建設された「ドン・ペドロ5世劇場」、ポルトガル統治時代および中国返還後の役所である「民政総署」、東アジアで最古と言われる灯台の一つが見られる「ギア要塞」、「バラ教会」とも呼ばれている「聖ドミニコ教会」、様々な国の人士が埋葬されている「プロテスタント墓地」、コロニアル様式の建物がある「カーザ庭園」など、数多くの観光スポットがあります。

<写真で見る中国の今>中国とポルトガルの美しき混血児、マカオ返還10周年迎える

マカオ4

マカオ5

「世界の記憶」にも登録された

マカオには上述の7カ所のほか、大堂(カテドラル)広場、聖オーガスティン広場、セナド広場、カモンエス広場、リラウ広場、バラ広場、イエズス会記念広場と、大堂、聖ヨセフ修道院及び聖堂、聖オーガスティン聖堂、聖アントニオ聖堂、聖ローレンス聖堂、聖ドミニコ聖堂、モンテの砦、ロバート・ホー・トン図書館、媽閣廟、三街会館(関帝廟)、港務局大楼、鄭家屋敷、廬家屋敷、仁慈堂、旧城壁、ナーチャ廟などの歴史的・宗教的建築物が世界遺産に登録されています。さらに、2017年には「清の時代のマカオに関する公式記録」として国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」、「ユネスコ創造都市ネットワーク食文化分野都市」のメンバー都市として正式に認定され、「食文化創造都市」にもなっています。

マカオ、「ユネスコ食文化創造都市」に認定

マカオ6

マカオ7

マカオは大航海時代において、ポルトガルのアジアでの貿易拠点で、中国に返還されるまで約450年に渡り西洋人の居住地として発展しました。西洋と東洋の息吹が絡み合い漂うマカオならでの魅力が存在します。建物の建築には日本人も携わったということですから、歴史的な建築物から当時の日本人の足跡をたどるのもいいかもしれません。

           

SNSでもご購読できます。

コメントを残す