98歳まで生きた王の墓も!?高句麗前期の都城と古墳―中国世界遺産

中国の世界遺産、31回目は2004年に登録された文化遺産、「高句麗前期の都城と古墳」です。吉林省集安市を中心に分布する高句麗前期の古墳群です。

※地図は吉林省集安市。

中国と北朝鮮に広がる遺跡

高句麗は紀元前37年に五女山城(遼寧省桓仁県)を都として建国し、西暦3年丸都山城(吉林省集安市)に遷都、その後平城の国内城(吉林省集安市)に移り、427年に北朝鮮の平壌に再び遷都しました。668年に唐、新羅連合軍によって滅ぼされています。最盛期は中国の東北やロシアの一部、朝鮮半島の大部分を支配していました。そのため、中国だけでなく朝鮮半島にも遺跡があり、「高句麗前期の都城と古墳」と同年に北朝鮮の「高句麗後期の古墳群」も世界文化遺産に登録されました。

高句麗王城、王陵、貴族墓

高句麗2

高句麗3

98歳まで生きた長寿王の古墳も

「高句麗前期の都城と古墳」には遼寧省にある「五女山城(ごじょさんじょう)」や、吉林省にある「丸都山城(がんとさんじょう)」、「国内城」などの各城郭や、同時代に造られた複数の墳墓が含まれています。同遺跡は高句麗時代を研究する上で非常に貴重な存在ですが、古墳内には壁画もあり、芸術的な価値としても貴重な存在です。古墳は王族と将軍塚を合わせ40基あり、中には「長寿王」のものと思われる古墳もあります。長寿王は勢力を大きく拡大した高句麗全盛期を築いた人物として知られ、98歳という長寿でこの世を去ったため長寿王と呼ばれています。長寿王の古墳に関してはっきりとした記述はありませんが、これまでの研究で「高句麗前期の都城と古墳」のうちの1つが可能性として高いとされています。

高句麗4

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高句麗は中国の国?韓国の国?

高句麗の帰属を巡っては中国と韓国で違った見方があります。中国は高句麗を「唐の地方政権」ととらえ中国史の一部であると考え、韓国では「韓民族の歴史」としてとらえています。こうした論争の影響で、2012年には米国議会調査部(CRS)の報告書が公表延期になりました。同報告書は中国や朝鮮半島など東北アジアの歴史や地政学、政治関係などをまとめたもので、中国側の資料を引用していたため、「高句麗と渤海は唐の地方政権だった」などの記述があり、韓国政府から訂正の申し入れがありました。

「高句麗は唐の地方政権」の記述に韓国政府が異議、米議会が報告書の公表延期―韓国メディア

高句麗6

高句麗7

領土や歴史の問題は決着をつけることが困難な問題です。ですが、古墳や壁画などの遺跡は確かに存在し現在まで伝えられています。それらの遺跡から当時の生活や国家の繁栄を幾分か想像することができます。帰属問題はともかく、高句麗という国がどんな国だったのかを知るためにはこの遺跡の資料的価値は高いと言えます。

           

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